小さな助け合いの物語賞

入選(4編)

お野菜どうぞ

西川 勝美 (京都府)

私は大都市で早朝から、時に深夜まで働くサラリーマンでした。夫も同じ、仕事三昧。不妊治療の成果も見えず、病院の終了間際にようやく駆け込むような治療が長く続いた後、やっと授かり、大切にしていたはずのお腹の子は、産前休暇を待つこともなく流れていきました。二度目の流産でした。

「ちょっと不便かもしれないけど、緑がたくさんあって、空気の良い所に引っ越そう」

いつもは静かな笑顔で、めったに自分の意見を言わない夫が、流産の一週間後、はっきりとこう私に言いました。深夜、声を上げずに泣いている妻に、何かしてあげられないかとずっと考えていたと。

それから、毎週末、早朝に起きて、私の好きな自然の豊かな近郊へとドライブをするのが、私達夫婦の習慣となりました。

四月も上旬のあるよく晴れた日でした。二時間ほども車を走らせた私達は、JRのある無人駅にいました。

「わあ。桜が満開。きれい!すごい!」

プラットホームの向こう側に見えるその桜の木は、三メートル四方もあったでしょうか、まるで映画のワンシーンのように、改札口から見るその姿は、周りの風景全てを甘い薄桃色の空気で染めているかのようでした。

「生きていてよかったって気分だな。」

桜を見つめたまま、夫が小さく呟きました。

車を降り、遅い昼食をとって、私達は歩き始めました。えんどう畑の広がる景色の中を小一時間も歩くと、一輪車に野菜をたくさん積んだ方とすれ違いました。その時、

「この辺りに不動産屋はないでしょうか?」

夫ははっきりとその方にそう聞いていました。

「あの角にあるよ。今日はええ日柄やね。えんどう豆は好きかい?」

笑顔の素敵なご年配の男性でした。

車に戻った私達の手には、その日いただいたえんどう豆でずっしりと重い袋と、駅周辺の不動産の資料がありました。

それから、一年ほどして、私達はその町へ移住しました。小さな畑を始めたものの失敗続きの収穫のない日々、

「これ食べて、早よう元気になってや」

と励ましてくださるご近所の温もりと、日々いただく、たくさんの野菜のお陰で、私は四十代も後半になって娘を授かりました。

今、私達の家の軒先には『お野菜どうぞ、ご自由にお持ち帰りください』と記した机があります。いつも「余ったから」と笑顔でくださるご近所からのお野菜を、何時でも何方でもご利用いただけるようにと、私達の畑の野菜も一緒に置いています。子供達の「今日もあるかな?」という声や、ご近所の方の「いただくね」や「置いておくね」の声と共に私達家族の幸せがあります。

今日も何方かと

「お野菜どうぞ」「ありがとう」

(原文のとおり掲載しております。)