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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第9回 入選一般部門
背中に願いを
大道 希音(神奈川県)
私は、自分を強い女だと思っていた。
私は、高校生のころ電車通学していた。学校では、よく友達と電車内でナンパされた話や、痴漢にあった話などで盛り上がった。その会話の中で、よく「痴漢にねらわれるのは、かわいい子ではなくて、おとなしくて声をあげられない子」と、言われていた。私自身も一度、乗換駅のエスカレーターで、太ももを触られ、振り向いて相手をギッとにらんだら、相手が逃げて行った経験から、自分は痴漢被害にはあわないと思い込んでいた。それだけではない、痴漢に遭遇したら、相手の手をとり「この人、痴漢です」と、言える勇気ある女子高生だと思っていた。
でも、実際はそうはいかなかった。ある日私は、痴漢にあった。驚きや、怖さ、つらさ...大柄な男性相手に「やめてください」と、言えずに体の角度を変えたり、後ろを気にして、チラッと見たりしていた。すると、隣に立っていた男性が、私の肩をチョンと叩きスマートフォンの画面を見せてくれた。「後ろの人知り合い?大丈夫?」私は、思わず首を横に振った。その男性は、終点の乗換駅に着くまで、ずっと私の後ろに立っていてくれた。見ず知らずの私を助けてくれたという思いと、大きな安堵感で嬉しくて涙が出た。強気でいたけれど、心のダメージは想像したより大きかった。
駅に着いて、お礼を言うと、その男性は「お礼を言われるようなことは、していませんよ」と、言って風のように去って行った。私は、男性の後姿を見送りながら、心の中で深く感謝した。
そして、今春、一年の浪人生活を経て、私は大学生になった。そして、先日、電車の中で色白で小柄でおとなしそうな女の子が、下を向いていた。「あっ、痴漢だ」と、直感した。咄嗟に、その子の手を引いて「ねぇ、こっちおいでよ」と、強引に車両の奥まで引っ張っていき、彼女が降りる駅まで側にいた。お礼をしたいと言う彼女に「私も高校生のとき知らない人に助けてもらったんだ。お互い様だよ」と、言って私も彼女の前から風のように去ってみた。私の後姿を見て、彼女が、また別のだれかを助けてあげられる人になってくれたらいいなという願いを込めて。
(原文のとおり掲載しております。)