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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第9回 入選一般部門

共感という薬

森 惇(千葉県)

ある日、買い物に出かけた妻がいつもなら帰ってくる時間を一時間経っても戻ってこなかった。「何かあったかな?」と不安になったが、外にも出られず携帯電話もない私は、ただ待つしかできなかった。

闘病を始めて六年、原因不明の胃腸疾患で何も食べられなくなり寝たきり状態の日々...。先が見えない病苦から四年前に精神も病んだ。心身ともに不自由となり、妻に看護されながら生きる毎日に、「なぜ自分がこんなことに...」そんな思いを拭えなかった。

ベッドからしばらく景色を眺めていると、妻がたくさんのレジ袋を持って帰ってきた。買い物先でたまたま知人と出会ったようで、初めて長話をして深い話になったようだ。

彼女はまだ若い年齢であったが、がんを患って入院し、退院したばかりらしかった。妻はその話を聞いている内に、少しずつ私の話をしたらしい。

すると彼女もがんの病気から精神を病んでいたことを打ち明けた。そして彼女は、「ご主人もお辛いですね。本当に頑張っていらっしゃいますね」と言ったらしい。

私はその言葉を聞いて、不覚にも涙が溢れた。心の声が、口を通して泣きながら言った。

「そう、そんな言葉でいいんだ」

闘病、特に精神病が加わると、視線をそらされ距離を置かれるか、「気の持ちようだ」とか「さぼっている」と非難されることが多く、両親や兄弟にさえもなかなか理解されなかった。

そういう態度の方ばかりと接していると、いつしか人を避けるようになり、いつの間にかに人と会うことのできない自分がいた。

もちろん、闘病者を健常者が理解することは難しい。病苦の痛みや恐怖心は、闘病を経験した人にしかわからないし、さらに精神を病んで身体が重くなって動かなくなったり、感情が制御できなくなって突然自分を傷つけてしまうことなどは言葉で言っても想像し難い。たとえ頭で知っても、経験をしていない人のアドバイスというものはどこかずれてしまう。

そのような闘病者に対して救いになる言葉は、

「頑張っていますね」

これだけで充分なのだ。闘病者も頑張って生きていることを、ただ理解して肯定してほしいのだ。無理解からの批判やアドバイスではなく、「頑張っていますね」と共感するだけで心が救われるのだ。

私は、涙がとめどなく流れて止まらなかった。顔も名前も知らない方だったが、初めて妻と医師以外の方に、病気を理解してもらえたことが嬉しくてたまらなかった。「どうせ理解されない」と、心で押さえつけていた感情が一気に溢れ出た瞬間だった。

長時間泣いて涙を出し切った頃には、爽やかな風が通り過ぎ、心の中はフワフワと軽くなっていた。そして、少しずつだが「人と会ってみようかな」そう思えている自分がいた。

共感は人を癒す大きな力がある。そしてそれは、思いやりがあれば誰でもできる。だからこそ、私も人に寄り添える人間になりたいと強く思う。

(原文のとおり掲載しております。)

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