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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第9回 入選青少年部門
おじさんマジック
石原 真実(埼玉県)
「おじさんは、勉強という最大の敵から、
子どもたちを救ってやるんだ。」
S先生の口癖の一つだ。
小学三年生の三月、初めてその先生と出会った。緊張のせいか、ほとんど覚えていない。住宅地の中にある小さな塾には、先生と私、同級生の女の子の三人しかいない。問題を解き、先生と答え合わせをする。時々、雑談もしながら間違いを直す。塾なのに授業はなく、宿題も出ない。この空間を好んでいる自分がいつの間にかいた。
「数字は美しくなければならない。」
私が書いてきた長い計算を見て、先生は言った。この人は何を勘違いしているのだろう。数学は芸術ではない。数学だ。心の声がばれてしまったのか、先生は「もっと簡単に解く方法がある。」と言った。これ以上簡単に計算できるのだろうか。それ以前に、この方法以外に解き方なんてあるのだろうか。いや、あるはずがない。が、本当にその答えはあった。先生は少し考え、五分もしないうちに第二の、しかも、よりシンプルな解き方をやってみせた。五分の間に、先生は頭の中のノートをめくり、同じような考え方を探していたという。その解き方を見て、私は「美しい」と思った。日常生活でこんな言葉を使ったことはないだろう。せめて、「きれいだな」ぐらいは使ったかもしれない。しかし、この解き方は「きれい」ではなく、美しかった。
この感動がきっかけなのか、数字を美しく解くことにこだわるようになった。それと同時に、他の教科も含め、勉強って楽しいと感じるようになった。不思議だ。ついこの間まで、自分は勉強が嫌いだったはずだ。それなのに、S先生に教われば教わるほど、勉強がおもしろくなってくる。しかも、これを学びたい、あれも知りたいという欲まで出てくる。これが、"おじさんマジック"というやつか。
今日も、S先生は、子どもたちの前に立ちはだかる敵「勉強」と戦っている。いつか、S先生のように勉強と戦い、子どもたちを救うため、今日も私は、机に向かう。
(原文のとおり掲載しております。)