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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第10回 優秀賞青少年部門
お互い様~優しさのお返し
椚山 亜莉沙(千葉県)
「ただいま。」学校から帰った私に、いつもの母の明るい「おかえり。」がない。「どうしたんだろう?具合でも悪いのかな?」心配になった私はリビングのある二階へ駆け上がった。
すると母は目を真っ赤に腫らして憔悴しきっていた。私は「お兄ちゃんに何かあったの?」と尋ねた。実は、その頃、兄は難病に冒されていて、長い入院生活を強いられていたのだ。母は私の帰宅時間に合わせて、平日は夕方になると一旦家に戻っていた。
「うーん、違うの。」母は震えながら「おばあちゃんがね...。」と声を詰まらせた。そして、こう続けた。「乳癌でオペを受けなくちゃいけないんだって。」と。母はガックリと肩を落とし、私の顔を見るなり、こらえていた涙が一気に溢れ出た。「でも、ママ毎日お兄ちゃんの病院に行ってるでしょ?だから、おばあちゃん『入退院は一人で大丈夫だから、事前説明とオペ当日だけ来て。』って言うの。」と沈痛な面持ちで私に伝えてきた。我が家は父が海外赴任の為、母が一人で兄と私の面倒をみてくれていた。だから一人暮らしの祖母は母に迷惑をかけまいと、自分の病状をギリギリまで伝えてこなかったのだ。母は「体が二つあればいいのに...。」とポツリとつぶやいた。
母は一人娘で、既に祖父を亡くしている。かけがえのない祖母の命の危機。母はなかなか答えが出せないまま、思い悩んでいた。
二人のことが心配な私は、事前説明を一緒に受けた。祖母は早期発見だった為、予想より元気そうで、私も母も一安心した。
そして、いよいよオペ当日。ドキドキしながら、祖母の病室に向かった。カーテンを開け「おばあちゃん。」と声をかけると、もう手術着になっていた祖母は、私達の到着を首を長くして待っていたようだ。
そこへ病院から外出許可をもらった兄が、感染したりしないよう完全防備の出で立ちで、ひょこと顔を出した。祖母はあまりの驚きで、暫くポカンと口を開けたまま、かと思ったら、今度はボロボロ泣きだした。「病院はどうしたの?治療は?」と口早に質問する祖母に「ママから、おばあちゃんのこと聞いて、心配になっちゃって。だって、おばあちゃんボクが入院してからずっと心配して、何度も手紙や千羽鶴、それに慣れないメールを送ってくれたでしょ?だから『お互い様』なんだよ。」と兄が優しく答えた。
祖母のオペは無事終わり、その後も再発することは一切なく、今も元気に暮らしている。
兄の方は、その後また病気が再発し、七年前、還らぬ人となってしまった。大好きだった兄との別れは耐え難く、未だその傷は癒えぬままで、気がつけば、あの温もりを今も求め続けている。
最後まで諦めず、今を一生懸命生きた兄から学んだ事がある。それは「人を思いやる優しい気持ち」だ。私は、この教えを胸に、後悔しない人生を歩んでいこうと心に誓った。