1. ホーム
    2. 全国信用組合中央協会とは
    3. 全国信用組合中央協会について
    4. ブランドコミュニケーション事業
    5. 「小さな助け合いの物語賞」
    6. 二年後に飲むビール

「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者

二年後に飲むビール

大沼 寛季(宮城県)

 その日も遅くまで授業があって、電車で家に帰るところだった。若い乗客はスマホの画面に目を落とし、背広のおじさん達は目を閉じている。いつもの光景だったが、周りをきょろきょろ見回している一人のおじいさんが気になった。何か迷っているように見えた。表示を探しているのかもしれない。「どちらへ行きたいんですか?」と声を掛けた。「仙台駅。友達と待ち合わせをしているんだよ」という返事。それならここではない。「じゃぁ、まだです。僕も仙台駅まで行くので一緒に降りましょう」と言った。おじいさんは安心したのか、にっこり笑った。駅に着いて、おじいさんと一緒に電車を降りた。「お気を付けて」と言って別れたが、降りる駅が分からなかったおじいさんが、待ち合わせの場所へ行けるのかが気になった。振り返ると、やはりおじいさんは立ち止まったままだ。もう一度声を掛ける。「待ち合わせの場所はどこですか?」場所と時間が書かれたメモを見せてくれた。遠くはないが時間が迫っている。「案内しますよ。一緒に行きましょう」ほんの数分の距離だった。「学生さん? 学校の帰りなの?」「高校生です」「親切にしてくれてありがとう」「どういたしまして。お友達とは久しぶりに会うんですか?」おじいさんと孫のように、何でもないような話をしながらゆっくりと歩いた。
 待ち合わせの場所に着いた。ここでお別れ。「さようなら。お気を付けて」するとおじいさんは僕の手に千円札を一枚握らせた。「いえ、僕も帰り道だったんで。もらえません」返そうとすると、おじいさんは更にぎゅっと手を握る。「ありがとう。ビールでも飲んでな」にこにこ顔で言った。「あ、いや、高校生なんで......」「大丈夫。大丈夫。ありがとう。本当に助かったよ」おじいさんの笑顔と手のぬくもりと、ついでに「高校生=ビール=大丈夫」のおじいさんの理論に、なんだか心が温かくなって、「ありがとうございます」としわくちゃになった千円札を受け取った。
 僕は十人家族の家で育った。曾祖母が九十四歳で亡くなるまで同居していた。祖父も亡くなり、今は八人家族だが、ひいばあちゃんやじいちゃんも、外出先で困ったときには、知らない誰かに助けてもらっていたかもしれないと思うと、見知らぬ人でも、僕はいつもこうして声を掛けてしまうのだ。
 透明なガラスのコップに入れたしわくちゃの千円札。二十歳になったらビールを買おう。僕の生き方に間違いはないか、電車で出会ったおじいさんの気持ちを想像しながら。

緊急連絡先