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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者
名乗るほどの者ではない
久原 弘(山口県)
先日、スーパーで買い物をしている時、店内でしゃがみこんでいるおばあさんがいたので思わず声をかけた。すると、「大丈夫です。ちょっと目眩がしただけで、薬を飲めばすぐに回復します。わざわざ声をかけていただいてありがとうございます」その後、近くに設置してあったベンチに彼女を誘導し、しばらく雑談をしているうちに、ふと今からちょうど二〇年前のことを思い出した。
当時、私が勤務していた高校に一人のおばあさんが訪ねてきた。「お宅の生徒に助けてもらったんですけれど、名前がわからず困っています」と。いきさつを聞くと横断歩道の前で気分が悪くなり、しゃがみこんでいると、周囲は知らん顔で通り過ぎる中、一人の高校生が声をかけてくれたとのこと。「ばあちゃん、大丈夫!」その後、おんぶして家まで二時間もかけて送ってくれたという。制服でどこの高校かは分かったけれど、おばあさんが名前を聞くと、「名乗るほどの者ではない」と言って立ち去ったらしい。
そこで、千人を超える全校生徒の写真を一人ずつおばあさんに確認してもらった。そしてついに判明したのだが、ほとんどの先生が「まさか!」と唸った。それもそのはずでバリバリのヤンキーであり、先生方も日頃から手を焼いていたからだ。多くの先生から「何かの間違いでは......」や、「顔がたまたま瓜二つでは......」等、いろいろ憶測も飛んだが、当人に間違いはなかった。そしてその当人とは私が担任をしていたT君だった。
T君がおばあさんを助けた二週間くらい前、クラスのホームルームで、今月の目標を話し合っていた。だいたい「規則正しい生活をしよう」とか「遅刻をしない」などに落ち着くのだが、その月は「助け合いをしよう」に決まった。その時だ。いつもはほとんど寝ているT君が、突然立ち上がって「くだらねぇ」と言ったのだ。私も担任の立場上、「何がくだらないのか」と聞くと、憮然とした表情で教室を飛び出してしまった。
それからしばらくして、おばあさんの件でT君は警察から感謝状を受けることになった。その式後に私はホームルームでのことが気になったので真意を聞いてみた。助け合いをくだらないといった人間が、どうしてそんな行為をしたのか、疑問に思ったからである。すると、T君はこう答えた。「助け合うといった行為は目標とか、決められたからやるんじゃなくて、自ずと、自然にやることだよ。当たり前のことなんだよ。だからくだらねぇと言ったんだ」
先日、遊びに来た同窓生によると、今T君は老人福祉施設のヘルパーをしているらしい。相変わらずぶっきら棒で、見た目もヤンキーの片鱗が残ってはいるけれど、評判はいいとのこと。私は今年の三月で三六年間の教員生活を終え、定年退職となったが、多少暇もできたので今度会いに行こうかなと思っている。