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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者
虹のステッカー
藤田 愛子(埼玉県)
面会時間になっても、なかなか息子さんが現れない。Aさんの顔が不安で曇る。「しょうがないよ。病室ってみんな同じドアだもの」と私。
ここは産婦人科病棟。私は子宮癌、Aさんは子宮筋腫。それぞれ手術が終わって傷の回復を待っていた。私は子なし、Aさんには息子さんが一人。その息子さんには軽度の知的障害があって、お母さんの病室にたどりつきにくいらしかった。「ああ、やっと来れた。部屋が分かりにくいんだ」Aさんの息子さんは額に汗をにじませ、息をはずませてやって来た。もう二度目の面会だが、真っ直ぐには母親の病室に来れないみたいだった。
私は気づいていた。Aさんのメモ書きが全てひらがな。おそらくAさんにも軽度の知的障害があることを。
それから、私はこうも思っていた。ドアに目印があれば、息子さんは真っ直ぐにお母さんの所に来れるはずだ。
私がAさんなら病院と交渉して目印をドアにつけさせてもらうのに......。いやいや口に出すまい。Aさんは軽い病気、対して私は癌。Aさんには息子さんがいるけど、私は二度の流産の果てに母になることをあきらめた身。幸せから置き去りにされた私が提案することではない。仮に提案したとして、Aさんが病院と交渉などできるはずもなかろう。Aさんと息子さんの楽しそうな会話を聞きながら、私はいじけていた。
その時だ。Aさんの息子さんが、人懐っこい笑顔で私を見た。私は思わずスマホを手にとり、通販サイトから〝虹のステッカー〟を注文してしまったのだ。Aさんの息子さんの笑顔が私を暴走させてしまった。翌日、私は届いた虹のステッカーを持って婦長さんの前に立っていた。「グッドアイデア! 虹のステッカーはいい目印ね」少しふっくらした婦長さんは、体を揺らしながらほほえんでくださった。
ドアに貼られた虹のステッカーの効果はてきめんで、Aさんの息子さんの額から汗は消え、Aさんの顔も喜びにあふれた。そして私はというと、この暴走のおかげで自分の病気をすっかり忘れられた。それだけではない。この虹のステッカーを目にすると、癌治療の苦しさを乗り越えられた。それは退院後も続き、苦しい時、心の中に七色の虹が現れて、励まし勇気づけてくれた。
あれから五年。私は生きている。主治医は奇跡だと喜んでくださった。そう。あの虹のステッカーこそが私をあの世からこの世に連れ戻してくれたのだ。
虹のステッカーはAさん親子に喜んでもらえただけでなく、私に大きな大きな贈り物をくれたのだった。