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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者
粋な計らい
渡辺 惠子(徳島県)
昨年のゴールデンウィーク前、神戸在住の叔母に会いに徳島から出向いた時のことだ。大阪でグルメランチを楽しもうと、三宮駅で待ち合わせをした。朝のラッシュはとっくに過ぎ去った平日の午前十一時過ぎ。阪神電車の直通特急に、叔母と私は二人並んで余裕で座れた。
電車は走り出し、御影、魚崎と、だんだん乗客が増え、吊り革を持つ人が出始めた。
次の芦屋駅で、叔母の前にも、スーツ姿の青年が立った。リュックを背負って、右手に、パンパンになったビジネスバッグと、大きな紙袋を提げている。
二十代前半くらいだろうか。華奢で青白い顔をして、額から汗が噴き出している。時折吊り革を放し、ハンカチで汗を拭いている。
電車が芦屋駅のホームに近づいてきた時、突然、叔母が立ち上がり、目の前の青年に、「どうぞ」と言った。彼は驚いた顔をして、「いえいえ」と、辞退した。叔母は淡々と、「私ら、芦屋で降りますねんわ。ちょっと、どいてくれはる?」と、言い放った。叔母は、戸惑っている私に目配せして、私の腕を引っ張り上げた。
ホームに降りて、電車の後方に向かって、けっこうなスピードで小走りする叔母を追いかけると、同じ電車の二つ後ろの車両に乗り換えた。その直後にドアが閉まった。
私は、叔母の真意が測りかねた。
「叔母さん、私らは梅田まで行くのに、何であんな噓ついたん?」
叔母は、あっけらかんと笑った。
「こんな白髪のお婆さんに席を譲られたら、あの子はみんなの手前、平気で座れるはずがないやろ? 私らは遊びに行くんやで。あの子はこれから仕事に行くんや。あんな疲れた顔してんのに、可哀想やんか」
納得できない私は、叔母に食い下がった。
「七十八歳の高齢者が、何であんな若い子に席を譲らなあかんの?」
叔母は、哀れみを含んだ目で私を見た。
「世の中はなあ、元気な方が相手をいたわるもんなんや。年齢なんか、全然関係あらへん」確かに......、登山が趣味の叔母は、ここ二十年ほど、ほぼ毎日、往復十キロの坂道をウォーキングしている。叔母の足は今でも、アキレス腱がくっきり浮き出ていて、ふくらはぎも、しっかり筋肉がついている。もしかして叔母の体力は、あの青年よりも、はるかに上回っていたかも知れない。
あの青年は、叔母の粋な計らいに気付いただろうか。
これからは若い者が高齢者に席を譲るのではなく、元気な者が、弱い者を助けるという意識が、早く浸透すればいいのにと思う。
年齢など関係なく、余裕のある方が、弱い人や困っている人に手を差し伸べられたら、すごくいい世の中になるだろう。
私も、叔母のような高齢者になりたいな。