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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者
ええかっこする勇気
太田 貴子(香川県)
ある日、甥といっしょに踏切を渡ろうとしたときのこと。警報機が鳴り遮断機がおりた瞬間、車椅子の女性が、中に閉じ込められているのを見ました。
「ここにいて」と甥をその場に残し、わたしは急いでバーをくぐってその女性のもとに駆けつけました。車椅子を無言で力いっぱいに押そうとすると女性は、「やめて。ほうっておいて」と言うのです。女性の言うことを聞くわけにはいきません。わたしは必死に車椅子を押し、女性を遮断機の外へ連れ出しました。
危機一髪というのには程遠く、電車ははるか遠くに見えました。
女性はぽつりと言いました。
「なんでもこれからは自分でしたいの。自分でどうにかしたかったのに」と。
なるほど、と思いました。そんな考え方もあるのかと。女性は人から言われたのかもしれません。これからはできる限り自分のことは自分でするのよ、と。一瞬あっけにとられましたが、わたしは自分に問いました。上から目線で人を「助けてあげよう」と一方的に思ってはいなかったか。甥の前で格好をつけたいという気持ちが頭の片隅にあったのではないかと。
女性は去り際「ありがとう」と言ってくれましたがお互いに後味の悪さが残りました。それでも甥の元に戻ったわたしはふうと一つ息をつき、彼に微笑んで見せました。
「よかったね、あの人。おばちゃん、ええことしたなあ」
「ううん。ただええかっこしたかっただけ」
無意識にそんな言葉が口をついて出ました。
すべてはええかっこ、自分のため。そう思うとすべての好意がむなしく感じられました。
数日後、実家にいると、見知らぬ男性が訪ねて来ました。通学途中に、甥が道で泣いていた新小学一年生の女の子を小学校まで連れていき、女の子の父親がお礼に来たのです。
甥に言いました。「親切なことをしたね」と。すると甥は「いや、ちょっとええかっこしただけ」と照れながら返しました。
誰かを助けることで感謝されるとは限りません。親切が報われないこともあれば、ええかっこが「いい格好」に終わらないこともあります。だから、ええかっこするのにも勇気が必要なのです。
「今日は飯がうまい」と卵かけごはんを美味しそうに食べる甥を見ながら、心が洗われていくようでした。
この日、わたしは初めて、先日出会った車椅子の女性のこれからの安全を、心から祈ることができました。
落ち着いて考えれば、女性の、自分でなんでもしたいと思う気持ちが手に取るようにわかりました。けれどもし、あの状況にもう一度立たされたなら――、わたしはきっと同じ行動を、おせっかいを、ええかっこを、するだろうと思います。