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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第12回 ハートウォーミング賞作品・入選者
誰かとつながっている
福田 俊紀(大阪府)
戸棚の奥に、小さな杯がある。手に取ると、あの頃の記憶がよみがえった。
杯をいただいた。献血30回の記念に。
400ミリリットルを20回、200ミリリットルを10回だから、ちょうど10リットルの血液をこれまで提供してきたことになる。
自分の血で誰かが助かれば、なんて殊勝な気持ちはなく、ただ気が向いたときに立ち寄って、腕を差し出してきた。ときどき行く喫茶店感覚だった。ジュースも飲めるし。
そんな趣味のひとつだった献血も、31回目を迎えることなく今後の人生を過ごすことになった。
視界が曇るほどの雨だった。足元を奪われたバイクはカーブを曲がりきれず、派手に転倒した。さいわい周りを巻き込むことはなかったが、巻き込まれた私の左脚は悲鳴をあげていた。
駆けつけてくれた方の119番で病院に行き、緊急手術となった。手術の同意書に次いで、輸血の同意書にも署名をした。
手術中も意識はあった。それでもだんだん、朦朧としてくる。たくさん血が出ているからだろうなと、ぼんやりと思った。
視界の隅に赤いものが見えた。左腕につながれた点滴が、輸血に切り替わったのだ。
献血ルームで見たパックそのものが、自分の腕につながっている。こうして患者さんに届くんだなと思うと、なぜか痛みが和らいで、頬を熱いものが伝った。
それから、献血ルームの思い出が泉のように湧きおこった。地元の熊本で始めて、福岡や鹿児島、大分など遠出をするたびに各地の献血ルームに立ち寄った。大阪に来てからは、梅田や天王寺はもちろん、神戸、京都にも足を運んだ。
それも今日で終わりだな、と思った。過去に輸血を受けた人は、献血ができない。
約1リットルの輸血を受け、手術は無事終わった。今は以前と同じ生活を送れている。
血のつながった家族はかけがえのない存在だが、たとえ血縁がなくても、どこかで誰かの血とつながることもある。集中治療室で追加の輸血を受けながら、そんなことを考えた。
誰かの血液が私を生かしてくれた。もし、私の血液が他の誰かを救っていたのなら、こんなに嬉しいことはない。
杯にそっと口をつけると、ひんやりとした心地よさが唇に触れた。