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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第12回 ハートウォーミング賞作品・入選者

月山で

川村 真絢(青森県・むつ市立田名部中学校)

 見渡す限り一面の緑色の世界。青空の下、うるさい程に聞こえる蝉の鳴き声とは対照的に、私の心は重く沈んでいました。
 中学生になって最初の夏休み、私は家族と山形県の月山に行きました。登山をするためです。「山に登るためにわざわざ山形まで行かなくてもいいじゃん」と不満ばかりの私。登山口に着いても年配の方ばかりで、私と同じくらいの年の子はいません。弟はなぜかやたらに楽しそうで、理解不能です。暑いし、疲れるし、虫いるし。登山の良さなんて一ミリも感じていませんでした。
 でも、登っていくにしたがい、景色が広がり、少し心が晴れました。月山から他の山を見下ろすと、山が立体的に見え、地上から見上げるのとは違うことを発見しました。
 それから、もう一つ発見したのは、笑顔で「こんにちは」と言われると気分が良いということです。山ではみんなが笑顔で「こんにちは」と声をかけ合います。最近は近所の人とすら声をかけ合わないのに、なんで山だと見知らぬ人にも声をかけるのかが不思議でした。でも、みんなが声をかけてくれるので、私もいつの間にか、「こんにちは」と自然に言えるようになっていました。それから、登山道は狭いので、みんなは自然と立ち止まって、「どうぞ」と道を譲ります。道を譲られると気持ちが良いので、私も相手より先に道を譲ろうと思い始めました。道を譲ると相手はニコっと笑って、「ありがとう」と言ってくれます。近年、悪質なあおり運転のニュースを目にしますが、山道では高速道路と真逆のことが行われていることも発見しました。
 下山途中、私は左のつま先が痛くなりました。母に見てもらっていると、すれ違った見知らぬおじさんが私の足を見て、「靴の履き方がね、トントンって、かかとをしっかりつけるように履くと治るよ」と教えてくれました。やってみると本当に痛みが和らぎ、私もおじさんも笑顔になりました。少し歩くと、リフト乗り場の手前で、座り込んだまま立てないおばあさんがいて、「荷物持ってあげるよ」「水はある?」と、若い人達のグループが助けていました。ニュースでは高齢者を騙す振り込め詐欺グループの話を聞きますが、ここでは真逆だと思いました。
 登山を終えた達成感と、たくさんの親切に触れた心地良さで、私の心はとても温かくなりました。きっと、山というのは厳しい環境だからこそ、お互いが助け合うことが自然にできているのだと思います。もしかしたら、私達が普段住んでいるところでは、色々なものが便利になり過ぎて、他人の力を借りなくても生きていけるから、思いやりの心がなくなってしまっているのかもしれません。
 山でできることは、どこでもできるはず。山でできた助け合いが全ての場所に溢れたら、きっと素敵な社会になっていくと思います。

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