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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第12回 ハートウォーミング賞作品・入選者
思いやりの四つ角
藤井 啓子(兵庫県)
「おはよう。」を百回言うと私の朝が始まる。
我が家は通学路の四つ角にある。神戸は坂が多い。その坂を登校時、北から南へ、四つ角も止まらず走り抜けてゆく子たちがいる。その角には左右と書いた小さな石碑がある。昔、ここで交通事故に遭った小学生の親御さんが建てたそうだ。そこは危ない四つ角と近所では呼ばれている。
三月に退職し、忙しかった朝がぽっかりと空いた。四つ角は朝の通学ラッシュだ。子ども達をかき分けるように車が行く。クラクションも鳴らされている。見ているだけではらはらする。みんな朝は忙しいから、自分のことしか見えていない。
六月一日、もう見ていられない。思い切って四つ角に立ち、やったことがない交通整理をした。坂道を全速力で走ってくる子を一旦停止させ、右左を見させる。わずか、三十分だが、その日はどっと疲れた。
でも、こころに清々しさが残った。
よし、この梅雨の六月を毎日立とうと心に決めた。
六月三日、元気な女の子二人連れが、「敬礼」と揃ってしてくれる。私も思わず「敬礼」と返して、お互い大笑い。ああ、楽しい。
四日「私はミホ。この子はサキ。」と敬礼したあと、名前を教えてくれる。こんな小さなお友達ができた。
九日「黄色い花摘んできた。」と優しい男の子が花を渡してくれた。宝物だ。
二週目、挨拶のあとひと言話す子が増えてきた。
「僕、もうすぐ誕生日、七歳になるの。」
「今日から、新しい靴やけど大きいねん。」
「坂道を走ったら、ほっぺがぷるぷる揺れたの。」
その子たちに「おはよう、右左見て、行ってらっしゃい。」と送り出す。
三週目、今朝からはこの四つ角を通るみなさんに挨拶をすることにした。中学生にも、高校生にも、出勤の方にも、犬の散歩の方にも、自転車にも、「おはようございます。」そして車には黙礼。すると、次第に徐行したり、止まってくれる車が増えてきた。小学生も「ありがとう。」と渡る。
だんだん、みんなが一旦停止する、思いやりの四つ角になってきた。
私の孫は小学校一年生で東京に住んでいる。小学校まで三十分の距離を大きな道路を横切り通う。四月、私は心配で、心配でならなかった。でも、やはり交通指導員の方が見守って下さると聞いて安心した。
私が「おはよう。」と神戸で声を掛ける子の向こうには元気に通う東京の孫が見える。「おはよう。」のひと言で神戸と東京は繋がる。
さあ、今日も明るくみんなを百回の「おはよう。」で送りだそう。