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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第13回 ハートウォーミング賞作品・入選者
おばちゃん天使
濱本 祐実(兵庫県)
「お母さん、今日ね、ボク、帰りの地下鉄のお金がなくて切符買えんかった」
一年生になったばかりの息子が仕事帰りの私をつかまえ、ニコニコ顔で話し始めた。
四歳から習い始めたピアノは、私が仕事を速攻で切り上げては車で送迎していた。だが小学校に入ると、息子はひとりで通いたがった。乗り物好きな彼は、自分だけで地下鉄とバスに乗ってみたかったらしい。
最初は躊躇した。だが生来の列車好きに加え、年齢の割に鉄道の乗り換えにも詳しい。切符の購入も間違わずにできる。それなら『かわいい子には旅をさせろ』の精神。メモを作り、本人に乗車の手順を暗記させ、一度付き添い乗車をした後スタートさせた。そして毎回、順調にこなしてくれた。
この日イレギュラーが起きたらしい。相互乗り入れの他社バスで、手持ちのカードが使えず、地下鉄用の現金で支払った。駅へは文無しで到着。六歳の子に事情説明などできるわけもなく、どうしようもなかったのだ。
だが不思議なことに、息子は目の前にいる。一体どうやって家へ戻ったのだ? 駅員や警察から迷子の連絡もなかった。
「おばちゃんに助けてもろた」息子はうれしそうな声でそう答えた。
いやいや、よく意味がわからない。お母さんにわかるよう、もっと詳しく説明して。
彼は、驚くべき大胆な行動に打って出たらしい。なんと、券売機の前で大声を出して助けを求めたのだ。「すいません! ボクは地下鉄に乗らないと家に帰れません。けどお金がありません。困ってます、助けて下さい」
そして、あっという間に天使が舞い降りた。天使の名は『どっかのおばちゃん』
おばちゃんは「ボク、困ってるん? これ使い」と、サッと切符を買ってくれたのだ。警察や駅員の存在を教えていなかった自分の失態を反省したが、一方では私は、息子の行動力に舌を巻いていた。
それでもこれは、助けがあってナンボ、の話でもある。無視されたままなら、彼の心はそれなりに傷ついたことだろう。大好きな列車を、敬遠するようになったかも知れない。どっかのおばちゃんは彼の心も救ったのだ。
間髪を容れず助力して下さったのは、一体どこの誰だろう。私はどこかで暮らす温かい心の持ち主に、心で手を合わせた。
息子は今でも、相変わらず列車好きだ。誰かに鉄道旅の相談を受ければ、旅行会社顔負けのチケットを手配してくる。駅の券売機で戸惑う人を見かけると、どうしても手助けしたくなるらしい。
あのおばちゃんのことは、彼の列車の最高の思い出のひとつ。その思いは、この先もずっと続いて行くのだろう。