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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第13回 ハートウォーミング賞作品・入選者
あたりまえのこと
天竹 勉(徳島県)
十年前、山間部の小学校に勤務していた時のことだ。児童二名の小さな学校だった。標高900mで、夏は避暑地ともなるが、冬は厳しく氷点下15℃、積雪は60㎝にもなる。
その寒空の一月。水が止まった。学校も宿舎も水道から水が出ない。水は山の湧水を引きこんでいる。地下水のため温かく、凍結することはないと言われていた。
屋上の貯水タンクを確認すると、空っぽだった。さらにタンクに補水する水も止まっている。途方に暮れてしまった。
緊急のSOSを受けて、地域の人達が学校に駆けつけてくれた。
「とにかく、水源地まで行ってみな分からん」
降り積もった雪を踏みしめ、全員で、学校の裏山を登っていった。パイプは、山道を黒く延びている。1㎞ほど登ったところに黄色い中間貯水タンクが見えた。
「これが原因じゃ」
見ると貯水タンクからパイプが抜けている。この寒さである。抜けたパイプの中は、水が凍り、全て氷でふさがれてしまっている。
「鹿か猪が暴れて抜いたんじゃろう」
鹿や猪に腹も立ったが、私にはこの凍ったパイプが絶望的なものに思えた。
「学校までずっと凍っとる、春まで待たな、しょうがないな」
私は天を仰いだ。春まで水をどうする。呆然とする私の横で、地域の人達は、この窮地を脱する方法はないか話し合っていた。
二日後、幸運は突然に訪れた。
明日は快晴で気温も上昇し、春の陽気になるという。氷が溶けるかもしれない。「明日が勝負じゃ」その声に励まされた。
翌日の昼前に再び集合してくれた。空はみごとな青空。木々の間から日差しが差し込んでいる。踏む雪も溶け出したような気さえする。全てのパイプをつなぎ目から外す。中間タンクから作業開始。数人がかりで、パイプをムチのようにしならせ地面に叩きつける。氷を砕くのだ。次にパイプの口から、思いっきり息を吹き込む。パイプの中の氷が中を滑り落ちる。さらにパイプをタンクの口に取り付けると、水圧に押され氷がガラス棒になってはき出されていく。ガラス棒が山と積もる。この作業をつなぎ目ごとに繰り返し、水は次々と通水していく。学校まで通った時には、どの人の服も汗と水と土で汚れきっていた。
水道の蛇口から、水が出た。澄んだ、力の結晶の水が。何度も礼を言う私に
「あたりまえのこと。暮しってそうじゃろ。まして大事な子どもの学校じゃ」
厳しい自然の中で、人間一人で何ができよう。私は何もできず、心も萎えかけた。「あたりまえ」温かい言葉だ。暮しに互助が息づいている。生活を守り、心を支える互助が。
連れだって帰る後ろ姿に、私は深々と頭を下げた。