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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第14回 ハートウォーミング賞作品・入選者
誰も知らない小さな助け合いの物語
酒井 章子(大阪府)
叔母は北九州の門司港に住んでおり、大阪に住んでいる私とはほとんど会うこともなかったのですが、三十年ほど前にこんな話をしてくれました。
孫の陽君が中学生の頃、部活帰りに立食い蕎麦屋に寄るそうですが、「お小遣いが少ないけん蕎麦一杯で我慢しちゅる。あと、百円あったら、おにぎり一個、食べられるんやけどなぁ」と、おばあちゃんにぼやいたそうです。
叔母はその立食い蕎麦屋に行って、「孫が毎日寄ってるそうやけど、蕎麦一杯では足らんそうやけん、千円預けるけん、孫が来たら時々サービスやぁ言うて、おにぎり一個を出してやってくれやせんじゃろか」と店のおばちゃんに頼んだそうです。
店のおばちゃんも「その子やったら知ってるけん、かまわんよ。おばあちゃんからって言わんでええの。はいはい、秘密にしときます」と、おばあちゃんと店のおばちゃんの密談は成立しました。
それから立食い蕎麦屋に立ち寄るようになった叔母と店のおばちゃんは友達になったそうで、「おばあちゃんがええことされるんで、私も時々、サービスやぁって言うて、ポケットマネーで子供さんにおにぎり一個おまけしてあげてるんですよぉ」と話されたそうです。
おばあちゃんとおばちゃんの秘密のおにぎりを食べて育った陽君も高校生になると電車通学になり、その店には行かなくなったそうですが、叔母はそれからも立食い蕎麦屋に時々立ち寄っては、「子供たちにおにぎり、食べさせてやってくだぁさい」と千円、五百円と預けて帰ったそうです。そして、立食い蕎麦屋でのたわいない雑談から、「そしたら私も五百円、預けさせてもらおうかねぇ」と孫や子を持つお客さんらが、おにぎり代をお店に預けくれるようになったそうです。
お店のサービスとして出されたおにぎりを子供たちは何も知らずに「おばちゃん、ありがとう」と言ってかぶりついていたそうですが、その後ろには、そんな子供たちの笑顔を楽しみにポケットマネーを出してくれていた善意の人たちがいたことなどを知るよしもありません。
叔母が亡くなってから私がこの話をすると、陽君はもちろん親族の誰もが初めて知ったとのことでした。
この小さな助け合いの物語は、誰も知らない物語です。