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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 ハートウォーミング賞作品・入選者

毛布とミルクティー

寺岡 亜希子(愛知県)

 現在住んでいる町に引っ越してきたのは、息子が生後九ヶ月の頃だった。慣れない土地での初めての子育て。不安で胸がいっぱいだった。でも一番辛かったのは、家の中で小さな息子と二人きりで過ごすこと。
 息子はやんちゃだった。公園や児童館に遊びに行けば他の子に手をあげやしないかとヒヤヒヤ。電車に乗ればじっとしていられず、他の乗客に迷惑をかけないかとハラハラ。思いきって入った子育てサークルには馴染めず、行く度に中に入れずクタクタ。
 夏の暑さが和らぎ、爽やかな秋晴れの日。車で二十分程の所にある大型スーパーまで、今日は自転車に息子を乗せて行ってみようと思いたった。きっと疲れて、帰ったら寝てくれるかなと期待して。そして帰り道。私はうっかり道に迷ってしまった。そのうち息子は自転車に乗ったままウトウト。さらに雨がポツポツ。さあ、困った。行きに見た景色と全然違う。一体ここはどこなのだろう。この頃はグーグルマップの存在を知らなかった。夫は仕事中で電話はつながらない。どんどん日は暮れていく。眠っている息子の体に雨は遠慮なく降ってくる。とにかく雨やどりしないと。キョロキョロしていた私のもとに一人の少女が近づいてきた。
「あの、何かお困りですか。」
 私の中でキューッと張りつめていた糸が、スルスルと緩んでいくのを感じた。地元の中学生だというその少女に今の状況を説明すると、こんな言葉が返ってきた。
「今から私の家に行きましょう。すぐそこなのでついてきてください。」
 家に地図があるから、とのことだったが、学校帰りに見知らぬ人を連れて家に帰るなんて親御さんに心配されないだろうか、叱られたりしないだろうか。それより少女は自転車で眠っている息子の体が冷えてしまわないかと気になるようで、私は少女の優しい気持ちを有り難く受け取った。家には高校生のお姉さんがいて、息子のために毛布を、私のために温かいミルクティーを用意してくれた。毛布に包まれてスヤスヤ眠る息子。私はあのミルクティーの味をずっと忘れないだろう。そのうち夫とも連絡がとれて、仕事が終わって迎えに来てくれた頃にはすっかり夜になっていた。後で判ったのだがかなり遠くまで来てしまったようだ。雨は夜になっても降り続いていた。もし少女が声をかけてきてくれなかったら私はどうしていただろう。小さな息子と二人で......。
 あれから十五年。十六歳になった息子はこの日のことを覚えていない。それでもこの日あったこと、心優しい姉妹のことを何度も話している。そしてこう伝えている。
「困っている人がいたら声をかけてあげてね。」

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