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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 未来応援賞作品・入選者

「あ〝い〟がとっ」の言葉

河野 すみれ(東京都・武蔵野大学付属千代田高等学院)

 「あ〝い〟がとっ」私は生きてきた中で、この言葉以上に心のこもった感謝の言葉に出会ったことがない。
 私の出身小学校の隣には、ろう学校があった。今から十年前、私が小学校二年生の時、二つの学校の友好を深めるための交流会で、同い年の耳が聞こえない女の子に出会った。交流会では、紙とペンを使って筆談で会話したが、筆談での会話経験がなかったため、彼女との会話は一筋縄ではいかなかった。一時間程彼女と話し、その後は歌の時間だった。しかし、さっきまで一緒に話していたはずの彼女は、口を開こうとしなかった。私は歌が好きだったため、一緒に歌うことを提案したが、一緒に歌うことはなかった。気になった私が、ろう学校の先生に相談すると、彼女が自分の声が嫌いだということを知った。思い返すと一度も声を聞いたことが無かった気がした。その話を聞いて私は、彼女に自分の声と歌うことを好きになってもらいたいと思ったので、まずは手話を覚えることにした。
 しかし、学校の勉強と両立して手話を覚えることはとても難しかった。ネットで手話の五十音表を調べて、印刷し、学校の授業の合間にこっそり見たり、学校の登下校中に見ながら歩いたりと、とにかく手話を覚えようとした。その結果、「自分の名前、ごめんなさい、ありがとう、いただきます、ごちそうさまでした」など、基本的な挨拶などは手話で出来るようになった。
 二回目の交流会で、私は早速、手話で自己紹介をした。それを見た彼女は目を見開いてとても驚いた顔をしていた。彼女は驚きながらも、手話で自己紹介をしてくれた。その時初めて私達は本当に話せたような気がした。歌の時間では、手話をしながら歌うのはとても難しく、途中で止まってしまったところもあったが、彼女はずっと笑顔で聞いてくれていた。歌が終わり、彼女は私に真剣な顔をして話しかけてきた。私は何を言われるか怖くて身構えたが、彼女が私に伝えた言葉は、感謝の言葉だった。ずっと喋っていなかったからか、声は出づらそうで、掠れてしまっていたが、少し泣きそうになりながら、「あ〝い〟がとっ」と手話を交えながら私に一生懸命伝えてくれた。最後のお別れ会では、「普通の子が手話を覚えてくれたのは初めてで、同じ立場で話せた気がして嬉しかった。私もあんな風に歌えるようになりたいな」と言ってくれた。
 それ以降、彼女と会うことはなかったが、今でも私は、「あ〝い〟がとっ」という言葉とその手話は忘れられない。十年経ち、私は高校生になったが、いつか彼女に出会ったらまた話せるように、改めて手話の勉強をして彼女のような人達に寄り添える人になりたいと今は思っている。

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