- ホーム
- 全国信用組合中央協会とは
- 全国信用組合中央協会について
- ブランドコミュニケーション事業
- 「小さな助け合いの物語賞」
- 心の形を。
「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 ハートウォーミング賞作品・入選者
心の形を。
中島 空澄(千葉県)
「おはようございます」挨拶にいつも軽く会釈してくれるおばあさん。小学生の頃から登下校に挨拶をしてくれる。ただ言葉はなく、少し不思議なおばあさんだと思った。
中学生になって母とスーパーで買い物していた時、出入り口にあるガチャガチャコーナーを一人で見に行った時。「大丈夫ですか?」一人困った表情の見知ったおばあさんに私は声をかけた。ポケットティッシュに入ったタクシー広告の電話番号を指差しながら、携帯電話を差し出してくる。身振り手振りで見せられた補聴器で初めて聴覚障害者であることを理解した。改めて携帯に打たれた名前と要求に頷きながら早急に電話をかける。「もしもし、タクシーの手配をお願いしたいのですが。あの乗るのは僕じゃないんですけど。松丸さんていう人なんですけど」したこともないタクシーの手配に、名前を言えばわかると書かれたことだけを忘れず伝え、来てほしい場所を指定した。「ああ松丸さんね、十分程度でお迎えにあがりますので。はい、はい、では失礼します」電話を終えて半ば強引に手を握られ、感謝されながらも千円札をねじ込まれる。「いや、それはさすがに」そんな言葉も届かず、ひたすらに手を強く握られ強い感謝だけが伝わった。タクシーまで同行し、松丸さんが改めて私に向き直る。数少ない知っている手話。頭を下げながら「ありがとう」と。少し大げさだと感じながら私は千円札を眺めた。
その日から松丸さんとの交流が始まった。朝の挨拶から始まり、たまに差し入れをくれて、元々興味があった手話を教えてくれた先生になった。そんなある日、学校からの帰り道、私は泣きじゃくりながら歩いていた。松丸さん家の前を通ると慌てて松丸さんが駆け寄ってきた。「どうしたの」と言いたげな顔で、心配そうに顔を見る。促されるまま家に招かれ、心が落ち着くようにそっと飲み物、そしてノートとペンが目の前に置かれた。松丸さんは優しい笑顔で書いてみてと手話をする。縋る気持ちでノートに書きなぐる。学校であったこと、自分を否定されて辛かったこと、学校に行くことが億劫であること。ノートに自分の気持ちを書くことで心の整理がついた。ひとしきり書いたノートを松丸さんはじっと目を通し、ペンを走らす。書き終えたノートを見せられ、中身には松丸さんの心でいっぱいだった。松丸さんにとっての私、日々の思い出、助かっていること「いつもありがとう」と。私は嬉しさと恥ずかしさで心がいっぱいになった。
次の日からは朝の挨拶とグッと手を握る頑張れというジェスチャー。不思議と力の湧くその笑顔と手の形。無事に中学卒業まで通え、今私は手話を教える側にいる。今も大切に思えるこの手を、心を伝えたい。「がんばれ」、そして「ありがとう」。