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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 ハートウォーミング賞作品・入選者
音の小さな世界で
瀬戸 水葉(埼玉県)
私は難聴の左耳と共に23年間生きてきました。難聴であることは、見た目ではわかりません。左側から話しかけられても音を拾うことが難しく、無視していると言われたり、学校では話を聞いていないと怒られたり、アルバイト先ではお客様の注文を聞き間違えてやる気あるのかと怒られたり、その度に誰に向けて言っているのかもわからないごめんなさいを言い続けてきました。私も、私を産んで大切に育ててくれた親も、理解と受容が難しい周囲の人も、きっと誰も悪くないのに。
忘れられない思い出があります。大学生4年生の頃、就職試験に向かう電車に乗っていた途中、急に停止したのです。車両事故で一時的に運転を見合わせるということでした。私は右耳の聴力はまだ残っているものの、特に車内アナウンスのような機械的な音だと歪んで聞こえてしまい、正確に聞き取ることができません。当時、私は今なにが起こっているのかという混乱と、試験に遅れてしまうという焦りで、どんどん不安になってしまい、過呼吸を起こしてしまったのでした。落ち着きを失った私は誰かに状況を聞いたり助けを求めたりすることもできず、そんな自分が不甲斐なくてますます不安を募らせていたことを今でもよく覚えています。
少し経って、向かいの席に座っていた年配の女性が立ち上がって停車していた駅のホームに行き、手にりんごジュースを持って戻ってきたと思ったら、私に話しかけてきてくださいました。大丈夫? ちょっと落ち着こうか、これ飲んでねと、ゆっくり肩をさすってくださり、私がアナウンスの内容教えていただけませんか、聞こえなくてと言うと、スマホのメモで打って見せてくださったのです。「車両事故で一時停止中、8時25分ごろ運転再開、振替輸送実施中、4番線から。就活中かしら? なんとかなるから大丈夫よ、お手伝いできることがあれば教えてね」私はこれを読んで泣いてしまいました。緊張と不安の中で受け取ったあたたかい優しさ。どこからどう見ても就職活動中です! という、黒いスーツに黒いカバン、慣れないヒールに慣れないメイク、試験対策ノートを膝に抱えている私を見て、そう想像したのでしょう。今の状況がわかった安心感よりも、「なんとかなるから大丈夫よ」の言葉が嬉しくて、「お手伝いできることがあれば教えてね」の言葉がありがたくて、ただただありがとうございますと伝えるので精一杯でした。
世の中にはこんなにもあたたかい優しさが存在するのだと知り、私もこんな風に人に手を差し伸べられる人間になりたいと強く心に決めたことをきっとずっと忘れません。誰かの苦手を誰かの得意で補う社会、助けて助けられ、支えて支えられる社会、そんな穏やかな社会であってほしいと願っています。
就職試験は無事に合格しました。名前も知らないあの方への感謝を、ずっとずっと忘れずに生きていきたいです。