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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 ハートウォーミング賞作品・入選者
あたたかな雪の日
岡 桃子(愛知県)
雪が降るたびに、思い出す優しさがある。
あれは三年前のこと。この地域では年に一度あるかないかの、大雪の朝のことだった。
子育てをしながら働いていた私は、その日も仕事。二歳の息子をベビーカーに乗せ、まずは保育園へと、慣れない雪道を進む。いつもの自転車であれば五分の距離が、果てしなく遠く感じられた。
やっと半分ほど過ぎたところで、途端に、雪が深くなった。
「これ以上、ベビーカーで進むのは無理だ......」
私は息子を抱き上げて、ベビーカーを引きずって歩くことを決めた。
あいにく、その日は月曜日。昼寝用のお布団と、おむつゴミの専用のバケツまで、運ばなければならない日だった。必死で進んでいくものの、雪で濡れた脚はかじかみ、息子と大荷物を抱えた両腕は、ぶるぶると震え始める。
ふと息子を見ると、長靴が、片方無いことに気が付いた。
「えっ! どこで落としたんだろう......」
せっかくここまで来たのに、またこの雪道を戻らないといけないのか。気が遠くなり、もう仕事に間に合わないのではないか......と、泣き出したくなった、そのときだった。
「ちょっと待って!」
遠くから、私たちを呼ぶ声があった。見ると、部屋着のままで現れた、ご近所の女性のようだった。
その手にあったのは、息子のパトカー柄の長靴。
「ありがとうございます......!」
たまらずお礼を言うと、その方は私を見て、目を丸くした。
「やだ、すごい荷物じゃない!」
その方は、両手がふさがった私の代わりに、息子に、長靴を履かせてくれた。それだけでも救われたのに、
「もう、ベビーカー使わないの? 邪魔なんだったら、うちで預かってあげようか?」
なんともありがたい申し出をしてくれた。孤独で、みじめでたまらなかった私の心が、じーんと温かいものに包まれていく。
その後、残りの雪道を進んでいく気力がわき、なんとか仕事に間に合った。すでに疲れてふらふらだったけれど、朝の出来事のお陰で、心は温かなままだった。
一日の仕事を終えたあと、慌ててコンビニでお礼のお菓子を見繕い、ベビーカーを取りに向かう。
その方は、私からのお礼を遠慮して、
「私はいいのよ、帰ったら、ぼうやと食べて」と、笑った。
さらには、
「もう、冷めちゃったかもしれないけど......」と言いながら、ココアの缶まで手渡してくれたので、驚いた。
「お母さん、今日はがんばったね」
その言葉に、涙がぽろりとこぼれていった。
帰り道に、息子は「おいしい!」と、嬉しそうにココアを飲んだ。私が残ったココアを手にしたときには、すでに冷たくなっていたけれど、あんなにあったかくて、甘いココアを口にしたのは、初めてのことだった。
また、年に一度は、雪が積もるはずのこの地域。
私もいつか、だれかを手助けする側にまわりたい。
そして息子に、あのときもらった優しさを、雪が降るたびに、伝え続けていきたい。