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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 ハートウォーミング賞作品・入選者
みかん狩りの思い出
池松 俊哉(愛知県)
小田原のみかん園で一組の若い男女が何かを探していた。左手薬指には真新しい指輪が輝く。女性は涙ぐみ必死に草を掻き分けている。会社の同僚七人とみかん狩りに来ていた私は、ただ事ではない空気を察しながらも何もできずにいた。
そんな時、一人の青年が声をかけた。「どうされましたか?」「彼にもらったイヤリングをどこかで落としてしまったんです」「それは大変ですね。私も一緒に探しますよ」私は驚いた。その青年は白杖をついていたからだ。視覚に障害を抱えながらもイヤリング探しに手を挙げたのである。「この辺りですか?」青年は白杖を置くと膝をつき、手探りでイヤリングを探し始めた。その姿を見ていると私も自然と体が動いた。「イヤリング落とされたんですか? どんな形ですか? みんなで探しましょう」同僚七人も一緒になってイヤリングを探した。すると、近くにいた家族連れも参加し、気が付けば二十名程のイヤリング捜索隊になっていた。しかし、広大で傾斜もある山の斜面で小さなイヤリングはなかなか見つからない。急に家族連れのお父さんが声を発した。「こんな時はローラー作戦だ。みんなこちらへ一列に並んでください」私たちは一メートル間隔で並びしゃがむと、隣の仲間との隙間が無いように連携してゆっくり前進した。数十メートル進んでは折り返し、皆話すことを忘れ懸命に捜索した。
駐車場近くまで来たときだった。「あっ、これかもしれない! 確認してもらえますか?」なんと、あの青年の声だった。女性が駆け寄った。「これです! ありがとうございます」その瞬間、イヤリング捜索隊が拍手に包まれた。「やったー」「見つかって良かった」皆安堵の表情に変わった。すると、小さい女の子が青年のもとに近づいていった。「お兄さんはスーパーヒーローだから、私の取った一番おいしそうなみかんあげる」青年はお礼を言いみかんを受取った。「僕はスーパーヒーローじゃないよ。いつもみんなに助けてもらっているから、困っている人がいたら助けたいんだ。たまたま僕が探していた場所にイヤリングが落ちていただけだよ」程なくして、みかん園に放送が流れた。「ご来園の皆様、お客様のイヤリングが見つかりました。ご協力いただいた皆様ありがとうございました」再び拍手が起こった。「当園は四十五分間の時間制ですが、本日は時間無制限とさせていただきます」皆イヤリング探しに集中し、みかんを食べていなかった。
その後、みかんを収穫して達成感に満ち溢れた中で頬張ったその味は格別だった。今までこんなに甘くて瑞々しいみかんに出会ったことがない。イヤリング探しをしたことで、みかん園にいる皆がお互いを仲間として認識し、会話や笑顔が生まれた。イヤリング捜索隊の仲間とのみかん狩りは特別な思い出となっている。