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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 ハートウォーミング賞作品・入選者
古い物には愛がある
井上 咲季(兵庫県)
山の中で落とし物をした。ぼろぼろの使い古しの筆箱で、失くしても困らないものを持ってきたつもりだった。それなのにどうして一時間も探しているのだろう。そんな時、同じくハイキング中だったおばあさんが話しかけてくれた。「大丈夫? 探し物?」事情を話すとおばあさんはすぐに「一緒に探しましょ。」と笑顔で返してくれた。そこからまた一時間。おばあさんは来た道を戻る形となり、次第に見つからないのではないか、という気さえしてきた。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。私はおばあさんに「探して下さってありがとうございます。でも大丈夫です。もともと、捨てるか迷っているくらいの使い古しだったので。」と伝えた。するとおばあさんは真っ直ぐに私の目を見つめて「使い古しってことはそれだけたくさん使ったということでしょう? 本当はとても大切な物なんじゃない?」と。
私はおばあさんの言葉にハッとした。その筆箱は元々旅行用に購入した安物で、失くしても構わないものだった。そうして旅行の度に連れ回し、気づけば多くの旅先で必ず鞄に入っているお供となっていた。この筆箱は「無事に帰るお守り」になっていたのかもしれない。そんな筆箱を失くしてしまった。そうか、だからこんなに困っているのか。失くしたくない大切な物はたくさんある。新しい物、友人や家族からの贈り物、とても高額な物。でもおばあさんは教えてくれた。物も人も時が経てば古びるし、壊れ、汚れてしまう。けれどそれらは決して新しい物にはない力があるのだと。簡単に手放しては何だか寂しい気がした。何倍も年の離れた子供だった私の為におばあさんは優しく笑いながら話をし、一緒に探し物をしてくれた。困っていたことなんて忘れるくらい楽しかった。
日が傾き始め、山の紅葉が美しく照らされ始めた頃、私達は細長いチョコレート柄の古びたポーチを見つけた。「あった!」私は古びた宝物を手に取り、「おかえり。」と思わず声に出してしまった。見つけてくれてありがとう、なんて聞こえる訳がないが、おばあさんの良かったねぇ、という優しい声がこだましていた。私はおばあさんに心を込めて「ありがとうございました!」と手を出した。握手をしたおばあさんは「あなたの手は若々しくて羨ましいわ。私なんてしわしわだもの。」とこぼした。私は不意におばあさんの言葉を思い出した。「おばあさんはそれだけ、この手で生き抜いてきたんでしょう? 生きた勲章ですよ!」気付けば口が動いていた。だって、おばあさんが教えてくれたんだ。年を重ねる美しさを。その現れの愛おしさを。おばあさんは「そうだったわね。ありがとう。若い子は学ぶのが早くて困っちゃう。」といたずらに笑い、頭を撫でてくれた。目尻をぬぐっていたように見えたのは気のせいだったのだろうか。
失くした筆箱が繋いでくれた縁。時が経つ度増えていく私の宝物。どれも古びているがその分だけ輝いて見えた。