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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第15回 未来応援賞作品・入選者
ICカード
水野 克大(東京都・高校生)
「ピ」という機械音とともに開くはずのゲートが開かない。小学生の私は、残高不足の表示を見て焦っている。家に戻っていては間に合わない、駅員さんに相談しても「チャージをして下さい。」と言うだけ。チャージ出来るなら自分でもするよ、何故ならチャージ出来る現金を持っていないんだから。残高確認を怠っていた自分と時間にゆとりがないことから、焦りと苛立ちで気が付いた時には、券売機の方で立ちつくし、頬を涙がつたっていた。そんな時、後ろから中年女性の優しい声がした。「どうしたの僕ちゃん、何に困ってるの?」私は、泣きながら女性に自分の状況を一生懸命説明した。女性は腰をかがめて目線を合わし、優しい笑顔で相槌を打ちながら、話を聞いてくれた。「どこまで行くの? お家の最寄りはこの駅かしら? 往復だと......。1000円あれば心配ないわね。」と呟いたあと、私を券売機前まで促した。「君のICカード出してくれる?」と言うと、1000円分をチャージしてくれた。何度もお礼を言うと、女性は「じゃあね。」と颯爽と去っていった。
無事帰宅後、親に今日の出来事を報告した。親からは「お返ししないと。連絡先は?」と聞かれ、女性の連絡先を聞き忘れたことに気がついた。翌日から1ヶ月ほどお返しをしたくて改札口に立っていたが、会うことが出来ず私は高校生になってしまった。
この春、学校の帰り道、最寄り駅構内改札口で立ちつくす少年を見かけた。駅員さんとの会話を悪いと思いながら聞き耳を立てていると、どうやらチャージ残高不足で駅構内から出られないらしい。目の前のサッカーのユニフォームを着た少年を見て、小学生の頃の不安や焦りを思い出した。私は少年に声をかけ不足額を聞き、小銭入れから500円玉を取りだし少年に渡した。少年が改札口から出たのを見届け、私に何度もお礼を言う少年を見て、心の底からホッとした。私は少年に「お金は返さなくて良いよ。君の周りに困った人がいたら助けてあげて欲しい。そうしたら、私にお金を返したのと同じことだよ。宜しくね。」と話すと、少年は満面の笑顔で大きな返事をしてくれた。
中年女性からお借りしたままになってしまっている1000円。直接お返しすることが出来ず何年も経ってしまった。私が女性から助けてもらった時の感謝の気持ちを忘れず、助けられる人を見つけてお返しし続けることが、私の人生のモットーになっている。どこかで間接的にでも中年女性に届くことを願って。